『夫婦別姓を認めないことは男女差別!』ワイ「ファッ!?」


なんだか最近変わったニュースやってますね↑
引用すると、
原告側が「ほとんどの夫婦が夫の名字で、男女差別だ」と訴えたのに対して、被告の国側は「どちらかの名字を選ぶという規定で、差別ではない」と反論しました。

現状の規定としては「男性か女性かどちらかが変えなくちゃならない」というだけで、男女に差をつけるものではないのは法務省のサイトを見ても明らかだ。

慣習として多くの人が男性側の姓に変えることが多いだけだ。


さて、「差別」という言葉を考える。
仕事で例えると同じ年齢、職能、仕事をしているのに給料に差があることは「差別」と言える。

では、男女でトイレを別に分けることは性差による「差別」と言えるのか?
否。
それは差別ではなく「区別」だ。
男性としての、女性としての性機能が異なるから分ける必要がある。

差別と区別は違う。


私見を述べると、現状の制度としてその選択肢しか無いならそれに従いつつ、活動して徐々に希望する方向へ導くべきではないか。
それが差別かどうかは違うと思うが。

正直、夫婦別姓でも同姓でもどっちでもいい。
もし私だったら、反対のことをやっていちいち理由を聞かれる面倒くささを考えると無難な方に向かうと思う。


日本は戸籍という制度がある。
戸籍ってそもそもなに?
戸籍とは個人の氏名、生年月日、父母との続柄や配偶者関係などを記録するものです。夫婦および子を単位として、それぞれの戸籍がつくられており、出生から死亡にいたるまでの身分上の重要な事項が記載されています。また、戸籍のあるところを本籍地といいます。

「籍を入れる」って言葉があるように、夫婦のどちらかが同姓にした方が戸籍を管理しやすいのではないか?
サザエさんのように世帯が違うなら苗字も違うならまだしも。

アメリカには戸籍はない。
アメリカや西洋のような個人主義なら夫婦別姓でも社会的になんの問題もないのだろうが、集産主義な日本から見たら本人は良くても周りから見たら奇怪なことだ。


この夫婦別姓に関する裁判を起こし、社会的注目を浴びることで、政府や行政にこの問題に関して発破をかける意味を込めているのだろうと邪推も頭をよぎった。